テクニック

3室(4)事例3:冷酷・非情な征服者チムール

出典

記事:”The third lord/third house” Journal of Astrology, January-March 2003, pp9-26.
著者:K.N.Rao

事例3 チムール

1336年4月9日~1405年3月

「歴戦の勝者チムールも、

 歴史家から見れば吉兆のコンジャンクションの下に生まれたラッキーな男である。

 チムールに与えられたシャヒー・イ・キラーンという名は、

 コンジャンクションのマスターという意味である。」

 

ペルシャ占星術家によれば、

キラーンは惑星のコンジャンクションを意味する。

チムールは、トルコ暦でいう鼠年の山羊座生まれとされている。

チムールの生誕日は、1336年4月9日。

当時の記録によればアセンダントは山羊座とされている。

 

山羊座から見ると、

牡羊座でコンジャンクトする太陽、木星、火星に対して、

高揚する土星が10室からアスペクトし、

チムールが残忍な王であったことを雄弁に物語っている。

 

3室を支配する木星は、

高揚する太陽と定座の火星とコンジャンクトし、

高揚する土星に10室からアスペクトされている。

 

そして

3室には3惑星(金星、水星、ラーフ)が在住している。

 

月を除くすべての惑星が

3室及びその支配星の影響下にある。

 

そして

3つの惑星が高揚している。

 

ホロスコープそしてとりわけコンジャンクトする惑星は、

パワフルな火星の赤い血に染まって見える。

 

このようなホロスコープの特徴は、

定位にある火星が多くの惑星に絡んで

影響力を及ぼしていることにある。

 

そして

それらの惑星は、高揚する太陽と土星である。

 

チムールのような執拗さと残忍さは、

6世紀後に現れたヒトラーのホロスコープの中にも

見て取ることができる。

 

ヒトラーの残忍性は、

火星の星座に現れている。

 

そして、

それらはチムールより詳細に記録されて知られている。

 

チムールは、

木星期に生まれ、土星期、水星期、ケートゥ期、金星期を過ごした。

 

それらは、

すべて3室と絡んでいる。

 

歴史家は、

チムールに篤い信仰心はなかっただろうとしている。

 

キショル・サラン・ラルは著書のなかで

「どうりで、チムールに挑んだ戦士たちは殉教者と呼ばれ、

 容赦ない征服者チムールは異教徒との烙印を歴史家に押された」

と書いている。

 

キショル・サラン・ラルは

「ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒がともに

 立ち上がって敵対するときがきた。

 イスラーム教徒は、ラージプートにならって、

 女・子供を炎火のなかに放り込んだ後、

 チムール軍に立ち向かっていった」

とも書いている。

 

高揚する土星と高揚する太陽は、

どちらも定座の火星の影響下にある。

 

土星はラグナロードで、

太陽とコンジャンクトし、

火星の星座に在住する火星の影響下にある。

 

この残忍きわまりないチムールは、

己がチンギス・カンの子孫であると認識していた。

 

チムールはどんな宗教家も許さなかった。

 

インドのイスラーム史家は、

チムールを「カフィール」と呼んだ。

 

過小評価されているチムールの一面は、

かれが芸術と建築を愛したことである。

 

チムールは、インドから

建築家、学者、バラモンを連れ帰り、

サマルカンドに占星術、天文学、建築の文化を隆盛させた。

(つづく)

※著作物から要約・引用するにあたり、わたしはラオ先生との間で契約を交わしております。

ジョーティシュ・サンクチュアリー │ ヴリンダーヴァン
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